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遠軽簡易裁判所 昭和40年(ろ)4号 判決 1965年11月27日

被告人 橋本勇

主文

被告人を罰金三、〇〇〇円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金五〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

この裁判確定の日から一年間右刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は昭和四〇年一〇月一日午後四時五五分ごろ、原動機付自転車を運転し、紋別郡遠軽町大通り南四丁目附近の人車の往来が頻繁な交差点道路を右折するに際し、ハンドルから左手を離しこれに左官用こておよび手板を持ち、このためハンドルを確実に操作できない状態で時速約二〇キロで進行し、もつて他人に危害を及ぼすような速度と方法で運転したものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(被告人の主張ならびに当裁判所の判断)

被告人は判示のような左手離し運転の事実は認めるが、それが道路交通法(以下単に法という)七〇条違反には該当しない旨主張するのでこの点について判断する。

一  当裁判所が本件被告人の行為を法七〇条違反と認定したのは、被告人が判示のような状態で原動機付自転車を運転したのでは突然人がその面前に現われた場合などに臨機の措置をとることができないから危険である、というだけの抽象的な理由によるものではない。たしかに車両等を運転する者は、いついかなる場合でも突発的に起り得る事故を未然に防止するため、つねに最善の用意と注意を怠つてはならないから車両等の装置の最大限の活用も要求され、かような見地からは、左手を直ちにハンドルの把握をできない状態におくことは危険であり、違法である。

しかし、法七〇条は現実の具体的な状況が一つの構成要件要素となつていることを考えなければならない。すくなくとも、右七〇条にいういわゆる安全運転義務に反したというためには、道路交通及び当該車両等の具体的な状況からみて、他人の生命、身体に危害を及ぼすような虞れが、現に存在した場合でなければならない。従つて、まつたく人車の往来のない道路で、いかに乱暴な危険な運転をしたとしても、それだけでは本条違反とはならないのであり、他人に危害を及ぼす虞れのある客観的な状況を必要とするのである。もつとも本条は、現実に他人に危害を及ぼしたことも、具体的な危険が発生したことも必要としない。このような意味で本条は抽象的危殆犯ということができる。

二  本件犯罪事実を認定した各証拠によれば、被告人が運転した原動機付自転車の左ハンドルには、ライトの切替スイツチとその下方にホーンボタンの装置のみがほどこされている。いわゆるノークラツチのもので、当時の状況としては、これらの装置を使用する必要はなかつたと考えられる。そうであれば、被告人には右装置の操作懈怠はなく、この点に義務違反はない。そこで被告人の左手離し運転の状態をみると平衡を失したり、ぐらつき、ジグザクな走行になつたわけではなく、免許証取得の年数からみてもとくに運転技術が拙劣であることもなく、また左手に下げた左官用の手板、こても一キロ程度の重量しかなく、道路も比較的平坦な、また狭隘という程でもなく、本件交差点附近をのぞきかなりまつすぐな状態にあり、すくなくとも判示交差点にさしかかるまでは人車の往来もさして頻繁でなかつたのであるから、かかる状況のもとでは、被告人の右行為をもつて他人に危害を及ぼす虞れがあつたとすることはできない。

ところが被告人はそのまま走行を続け、遠軽町大通り南四丁目附近の交差点を右折して、ここで当時交通違反者公開取締中の警察官の指示をうけ停止したのであるが、この交差点は、北見方面と紋別方面を結ぶ幹線と岩見通りと西町とを接続する道路とが変則的に交差する四叉路で、車の往来も頻繁であり、またこの交差点の附近には、信号機の設置されていない横断歩道が設けられていて、人の往来も頻繁である。被告人はこの交差点を判示のような状態で、約二〇キロの速度をもつて通過したのであるが、かような交通繁雑な路上では、同一方向の車両等、対向車両等および横断中の歩行者との近接の度合も一段と高くなるから、これら人車との接触回避を要する事態も容易に生じうべき状況にある。このような場合被告人としては、いつでも両ハンドルを把握できるような体勢をもつて進行しなければならない安全運転上の義務があつたのに、判示のような状態で原動機付自転車を運転したところに法七〇条の違反があつた。

三  本件の違反態様および改悛の情の認められることをしんしやくする。

(法令の適用)

道路交通法第七〇条、第一一九条一項九号、罰金刑選択。

刑法第一八条、第二五条。刑事訴訟法第一八一条一項但書

(裁判官 石毛平蔵)

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